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06/05/24
月報

 連日の深夜作業が続いた11日の深夜、ぼくは交通事故に遭った。

  深夜0時過ぎ、新橋の仕事場からオートバイでいつもの道を通って自宅へ戻っていた途中、Y字路で右折信号が出るのを待っていたとき、突然凄まじい爆発音がして、ぼくは左半身に激痛を感じると同時に、路上に投げ出された。

  オートバイと一緒に右側に倒れていきながら、一瞬前方を見やると、グレーのミニバンが交差点の中央を蛇行しながらそのまま逃走していく……「ひき逃げ!?」……その卑怯なクルマの後ろ姿が目に焼き付いた。そして、路上に倒れ落ちるコンマ何秒かの間に、「信じられない!?」という呆然とした意識から、「あいつ、ただじゃ置かないからな」という強烈な憎悪がわき起こった。

  そして、路上に投げ出されて動けないぼくを、ひき逃げ犯の後ろを走っていた個人タクシーの運転手さんが急停止して飛び出してきて、抱き起こし、その後、素早く携帯を取り出して救護と手配を要請してくれた。

 ほどなくして救急車が到着し、なんとか衝撃から立ち直って歩けるようになったぼくは、それに乗り込んだ。検査では幸いなことに骨折もなく、打撲だけで済んだ。ぼくのオートバイの後ろに装備したパニアケースがフレームごと千切れ飛んで、それが左半身を強打したその打撲のようだった。

  「もう10cmか20cm右側に当たっていたら、命はなかっただろうね……」
 と現場検証してくれた警官も絶句していたが、たぶん60km/hや70km/hは出ていて、しかもノーブレーキで突っ込まれたのだから、軽傷で済んだのは本当に奇跡的だった。

 ぶつかられた瞬間、変な話だが、ぼくは仕掛け爆弾の待ち伏せ攻撃を食らって、ここで即死するのだと思った。それほど衝撃と音は凄まじかった。

  怪我が軽く済んだのも不幸中の幸いだが、その後、個人タクシーの運転手さんの迅速な通報で犯人がすぐに逮捕されたのも幸いだった。

 西新宿にある小さな会社の役員を務める38歳のこの男は、ぼくが警察で事情聴取されている間に到着して、一瞬顔を合わせた。

「犯人がもうすぐ到着するけど、面見てみる?」
 と警官に聞かれ、そのときは、半殺しの目にあわせてやろうかとも思った。
 それを見越してか、警官は、
「これから捜査しなければならないから、話はしないでくださいね」
 と釘を刺したが、
  右前面が大破したミツビシのミニバンの前でオドオドしているいかにも気の弱そうなこの男を前にしたら、怒る気力も萎えてしまった。ただ、こんないかにも人間の屑にひかれて死んでいたらオレも浮かばれなかったなと、逆に笑いそうになってしまった。

 人間だから、過失ということはある。だが、その過失に責任をとらなければまともな人間ではない。

「被害者がこうして五体満足でいられたのを感謝しろよ。だけどな、重大犯罪を犯した責任はしっかり取ってもらうからな」
 と、警官に叱責されて、ぼくの存在に気づき、
「あなたが……、本当に申しわけございませんでした」
 と、泳いだ目を向けて俯くいかにも知能程度の低いこいつには、哀れみすら感じた。

 その場で、自分が犯した過失の責任を取るためにしっかり踏みとどまっていれば、人身事故とはいえ、こちらは全治3週間ほどの打撲傷だけで、物損もすべて保険でどうにかなって、せいぜい行政処分で終わったはずだ。だが、そうしなかった無責任の代償は大きい。免許が取り消しなのは当たり前だし、懲役もつくだろう。別にこんな卑劣漢のことを心配するつもりなどないし、立件のための事情聴取では、「許し難い卑怯な人間なので、ぜひともできるかぎりの厳罰に処して欲しい」と、調書を締めくくってもらった。それにしても、その場で少しの機転を働かせれば、逃げればとんでもないツケを払わされることぐらい気づいたはずだ。

 そんなことがあり、さすがに数日は痛みも激しく、内出血や関節の痛みなどの後遺症も続いて病院通いをして、ようやく数日前から足を引きずらずに歩けるようになった。そんなときに、子供をはねた上に証拠隠滅のために離れた場所に運んで隠したなどという前代未聞のひき逃げ事件が起きて、さすがに胸が痛んだ。

 それにしてもこのところ飛び出すニュースはこの手の卑劣な犯罪のニュースばかり。

 先日の和やかで幸せに満ちたキャンピングとまったく対照的に、闇はますます深くなっているのかもしれない。

 

----uchida

 

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06/04/13
人は組織を作るが組織は人を作らない

 今読んでいる『阿片王』(佐野眞一)の中に、主人公の里見甫が言ったとされる言葉。電車の中でこの言葉に突き当たり、ちょうど春のフレッシュマンシーズンということもあって、いろいろな思いが浮かんできた。

 ぼく自身は正式に就職したことはなく、大学を卒業してから20数年、ずっとフリーランスとしてやってきた。自分が組織の一員となったことはないけれど、逆に様々な組織と付き合ってきたので、組織にもいろいろな個性があることや、組織の中の人間関係の複雑さも身に染みて感じてきた。

 ほとんどの組織にとって人間は「消費財」だから、里見の言葉はそのまま当てはまる。そして、ぼくたちのようなフリーランサーは「財」ですらなく単なる「道具」と見られて、使い捨てられてきた。「財」ならば使い物にならなくても、もったいないから、あるいは捨てるのが面倒だからそのまま留め置かれたりもするが、道具が使い物にならなければすぐに見捨てられる。そこに緊張感があって、スキルを高める努力もしてきたわけだが、最近は、状況がだいぶ変わってきた。

  今までの世界とは価値観もシステムも根本的に変わりつつある世の動きに対応して、なんとか脱皮を図ろうとする企業は、今までとは逆に、システムに取り込まれていなかったからこそ、機敏な動きを身につけたぼくたちのようなフリーランサーに価値観を見いだし、対等な立場でコラボレートしようとし始めた。もちろん、それはモノのわかった担当者とぼくたちとの個人同士の信頼関係がベースだが、単にそれだけではなく、そのバックとなっている会社にもしっかりコンセンサスができあがっている。

 一方、旧態依然とした価値観にしがみついて対応できない組織も、まだまだたくさんある。そういったアンシャンレジウムにある企業は、いまだにフリーランサーや外部のプロダクションに対して「使い捨て」の「下請け」という意識を拭えない。

 ネット社会は、どんな大企業といえども、時として個人の力に凌駕されてしまうことが起こりうる。斬新なアイデアやスピーディで有機的なネットワークは、フットワークの鈍い企業には生まれない。また、ネガティヴな側面でも、あの日本のインターネット初期の頃に巻き起こった「東芝事件」のように、一個人の発信によって大企業が傾く寸前に追い込まれることだってある。

 フリーランサーが下請け仕事に甘んじて、企業の顔色を伺っていた時代は遠に過ぎた。……といっても、組織故の非情さは未だにどんな組織でも変わらないことも自覚しているけれど。

 

----uchida

 

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06/04/09
この一週間で……

 先月末、付き合いのある会社の花見があって、内堀沿いの英国大使館前の一等地に陣取っておでんを突きながら夜桜見物したのはいいが、冬型に戻った気圧配置のせいで寒風吹きすさび、人影まばらな公園でテントマットを体に巻きつけての宴会は花見というより「ビバーク」といった様相だった。
 雪辱戦というわけでもないが、先週末は昼間に神代植物園に出かけて、その前々日とはうって変わった初夏のような陽気の中で花見を楽しんだ。
  今年の桜は息が長く、雨や強風に晒されてもあまり散らずに残っている。今日、自宅から多摩川沿いに南下して都内へ向かっていくと、まだまだ花盛りの並木があちこちにあって、その下では花見の宴が開かれていた。
 しかし、「桜」なんて意識するようになったのはいつ頃からだろう? 昔は、「春なんだから春の花が咲くのは当然だろう」と、まったく冷めていたものだが……。歳を取るにしたがって身の回りの事象がいとおしく感じられるのは、生物としての残り時間がはっきりと少なくなっていくことをどこかで意識しているせいかもしれない。それにしても、儚いモノであるはずの桜が、今年のようにしぶといと、今ひとつ風情が足りなく感じてしまうのも、歳をとった証拠だろうか。
 そんなしぶとい桜の気配に包まれた一週間の間に、自分が何をしていたのか振り返ってみた。
  東京モーターサイクルショーを覗きに行ってメーカー関係者と挨拶を交わし、COSTOCOの会員になって「ヤダモノ」(主食にならないお菓子やソフトドリンクの類を明治生まれの祖母はそう呼んでいた)を山ほど買い込み、本を一冊半読み(宮内勝典『焼身』、佐野眞一『阿片王』)、ミーティングを数本こなし、企画書を数本書きとばし、WEB関連の新しいシステムやらサービスをいくつか思いつき、じつに久しぶりに「ライダー」として新車のインプレッションの仕事をして、ビールを通算10リッターほど、焼酎を1升、ワインを2リッターほど消費した。
 めまぐるしい割にはこれといって劇的なこともなく、平穏というか平凡な一週間だった。そろそろしぶとい桜も散り際となったようだし、花粉症の季節も過ぎたことだし、本格的に活動開始といこう。

 

----uchida

 

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06/04/01
この一月で……

 前回、このコラムを書いてからほぼ二ヶ月経ってしまった。その間、前回にも書いた雑誌のリニューアル第一弾の編集・ライティング作業があり、某役所関係の仕事のぼくのパート部分が一区切りつき、さらに某社のWEBを軸としたシステムの企画仕事が本格化してきた。そうそう、テレビのほうもこの秋もしくは冬の放映に向けての取材準備に入っている。
 雑誌のリニューアルでは久しぶりの紙メディアの編集仕事で、だいぶ勘が鈍っていたのと、この10年余り、職掌の異なる分野のチームワーク仕事に慣れていたため、どうも勝手が違ってやり辛かった。本来は雑誌と連動したWEBサイトの構築と運営がぼくの仕事だったのだが、そちらの体勢が整わないため、雑誌編集となったわけだが、これはさすがに他の仕事と並行して進めるのは難しそうだ。
 役所関係の仕事は、お役所そのものの体質には少々ついていけないものを感じたが、ぼくはアミューズメントのシナリオと演出企画のほうで、直接交渉にあたるわけではなく、演出と建築設計のこちら側とお役所との間を取り持ったプロデューサーがもっとも苦労することとなってしまった(Sさん、ほんとお疲れさまです)。
  この仕事では、シナリオ・演出と建築、特殊効果という職掌のまったく異なるチームワークがゲーム時代のシナリオ、CG、プログラムというチームワークと同様で、互いのスキルとセンスを尊重しあって、ときには意見を戦わせて作り上げていくそのプロセスがとても楽しいものだった。10年前、紙メディアの仕事に古臭さと馴染みにくさを感じてデジタルの世界に足を踏み入れたが、やはり、自分はデジタルの世界のほうが性に合っているとつくづく感じた。うまく実施段階の受注までいけば、再び同じチームで世界中を飛び回りながら納得のいく仕事ができそうで、とても期待している。
 もう一つのWEB仕事のほうは、インターネットの黎明期に面白い企画を一緒に進めながら、いわゆるネットバブルで縁遠くなってしまっていたかつてのパートナーとの協同作業で、ようやくこちらの構想を実現できるだけのインフラと人材が揃い、作業的にはしんどいながらも楽しく進めている。この企画では、この数年いろいろ取り沙汰されているコミュニケーションツールのさらに次の段階の新しいツールを盛り込むことになるので、発表の段階には、かなり話題をさらうことになりそうだ(具体的なことは、もちろん今の段階では何も明かすことは出来ないが=笑)。
 これからも引き続きWorkaholicならぬludusaholicが続きそうだが、自己完結型ともいえるOBTのほうが滞りがちだったので、これからは諸々の仕事と並行して……というか自分のスタンスのバランスを取るためにも、このOBTに力を入れなおそうと決意している。
 ……そういえば、今日は毎年恒例のエープリールフールねたを忘れてしまった。ちなみに、↑はネタではないので念のため(笑)。

 

----uchida

 

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06/02/05
再会の妙

 年が明けてから次々と新しいプロジェクトが始まり、目まぐるしい日々を過ごしている。忙しさにもいろいろあるが、生来の「いたずら心」を刺激する新しい取り組みが重なって忙しいのはなかなか快感で、ついついワーカホリックに陥っている。といっても、「辛い仕事」をこなしているといった感覚ではないから、Workaholicというよりはludusaholicとでも言ったほうが適切かもしれない。
 心地良く仕事を遊んでいられるときというのは不思議なもので、他の仕事やら仲間やらを引き寄せやすくなっている。また、仕事をこなす中で新しいアイデアや別々の仕事をコラボレーションさせるアイデアなどが次々湧いてくる。そんな中、いくつも印象的な再会があった。
 まずは、仕事そのもののことだが、二輪雑誌で「GOGGLE」という媒体があるのだが、ぼくは20数年前、駆け出しのライター時代に仕事をさせてもらい、その後ずっといろいろな事情があって関わりがなくなっていた。それが、図らずもそのGOGGLE誌の編集に関わることになって、今度は、企画を練り、仕事を発注する側となった。
 そんなGOGGLE誌の新しいパートナーとなるプロダクションの社長を編集長から紹介されてびっくり。ちょうど、二年前に某メーカーの新車発表会の宿泊先ホテルで同室になって、一晩で意気投合したNさんだった。
 Nさんの奥さんが編集長の大学のサークルの後輩で、四輪雑誌の編集をずっとされていた人で、編集長はその奥さんを通してプロダクションの社長のNさんと知り合った。そして、二人はちょうどぼくがNさんと出合ったときのように意気投合して、GOGGLE誌のリニューアルにNさんが携わることになったというわけだ。
 編集長から、プロダクションの名前と「Nさん」という名前が何度も出ていたのだが、ぼくが知っているNさんとはまったく結びついていなかった。同じモータースポーツのメディアに関わっていたとはいっても、Nさんは四輪がメインだし、ぼくのほうはほとんど趣味的に二輪雑誌で遊んでいただけなので、その後は接点がなかったこともある。
 そんな風に、かつて意気投合して「いつか一緒に仕事しようね」と話した人と再会して実際仕事になるという流れは、じつはぼくの中ではプロジェクト成功の一つの法則になっている。
 もう一つ関わっているWEBサービスのプロジェクトでは、その内容がGOGGLE誌でNさんと一緒に取り組む企画にうまくリンクしそうなので、WEBサービスプロジェクトの担当者にもNさんを引き合わせることになった。すると、ちょうどNさんのプロダクションが持っているスキルと人材がそこの別のプロジェクトにマッチすることがわかって、仕事を仲介することになった。
 ほかにも同様の連鎖反応がどんどん起こっている。
 面白いことに、GOGGLE編集部に席ができたと思ったら、WEBプロジェクトのほうでも席を用意してくれて、おまけにこれまた別のプロジェクトでもその主管会社から「席を用意するので来てくれ」と打診があった。問題は、体が一つしかないことだ……。

 

----uchida

 

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06/01/05
抱負

 新年ともなれば、やはりこの一年の抱負でも述べるべきなのかもしれないが、この年末年始はほとんど部屋に閉じこもりきりで初詣にも行かず、おせちも食べず、ひたすら怠惰を貪っていただけで過ぎてしまった身としては、とてもまともなことを言えそうにはない。
  今年は人生のターニングポイントともなりそうな仕事がいろいろとひかえているので、その大波に備えて力を貯めるといった言いわけを自分にしつつ、単に天邪鬼に世間の当たり前の正月の過ごし方に背を向けて過ごした一週間は、もっぱら年末から取り組んでいる大著『風景と記憶』と向かい合って、ナチスドイツが環境保護にとても熱心で人間に対してはホロコーストを行いながらシュヴァルツバルトの植物と動物はパラノイアックに保護しただとか、神話との距離のとり方を失敗すると自然の中に神の示現を発見したような気になって、それこそがファシズムに繋がっていってしまう……だとかと考えを巡らせていた。
 じつは、長年取り組んできたレイラインハンティングがテレビ番組化されることになり、その構成を考える上で、あらためて自分が「レイライン」という事象をどう捕らえようとしているのかを原点に立ち戻って見直してみるといった意味もあった。
 自然に対する畏怖と、目に見える何か以上のものがそこにあるという「超自然的」感覚がフィールドに身を置くと常に付きまとっていた。そんな感覚をもたらす原因はいったい何なのか? そんなことをずっと考え続けていてめぐり合ったのが「レイライン」という概念だった。今よりももっと人が感覚的で本能的であった太古、どうやって、そして何の目的で人々は「聖地」を特定し、それを意味ある配置にし、そして聖地どうしのネットワークを築いたのか? ぼくとしては宗教やニューエイジとは異なり、そこに「ご利益」や「自己啓発」に結びつく託宣を探すのではなく、あくまでもそんなものを築いた「人」の意識に迫っていきたいと思ってやってきた。そんなスタンスを上手に説明してくれる一文が『風景と記憶』の中にあった。
「われわれの文化のような度しがたく「魔法からさめている」文化の明け暮れに慣れきって、もはや神話をまともにとらえることを忘れるならば、われわれが皆で共有する世界に対する理解は貧しいものにならざるをえない。そして、それはまた、神話というものを、それからまったく批判的距離をとろうとしない人々、神話を歴史的現象としてではなく探求しがたい永遠の神秘だと思い込む人々だけのものとしてしまう。偉大なるタルムード研究家ソール・リーバーマンが『ユダヤ神秘主義、その主潮流』という本にまとまるはずのゲルショム・ショーレムのカバラに関する講義を紹介して述べた通りなのだ。「ノンセンスはどこまでいってもノンセンスである。しかしノンセンスを研究することは科学だ」。
 いちおう、そんな言葉を借りて、ぼくの今年の抱負としておこう。

----uchida

 

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